大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 平成11年(ネ)3154号 判決

大阪市東成区深江北三丁目一四番三号

控訴人(原告)

前田金属工業株式会社

右代表者代表取締役

原田稔

右訴訟代理人弁護士

小野昌延

山上和則

西山宏昭

右補佐人弁理士

丸山敏之

埼玉県草加市栄町一丁目八番一―九〇六号

被控訴人(被告)

エムテック有限会社

右代表者代表取締役

三浦正隆

埼玉県草加市栄町一丁目八番一―九〇六号

被控訴人(被告)

三浦正隆

右両名訴訟代理人弁護士

隈元慶幸

主文

一  本件各控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  控訴の趣旨

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人エムテック有限会社は、原判決別紙物件目録(1)ないし(10)記載の各ソケットを製造し、譲渡し、貸し渡し、若しくは輸入し、又はその譲渡若しくは貸渡しの申出(譲渡又は貸渡しのための展示を含む)をしてはならない。

三  被控訴人らは、連帯して、控訴人に対し、二〇二一万五八〇〇円及びこれに対する平成八年四月二九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

四  訴訟費用は第一・二審とも被控訴人らの負担とする。

第二  事案の概要

本件は、ボルト締付機に関する特許権を有する控訴人が、被控訴人エムテック有限会社の製造販売するソケットは右特許権を侵害するとして、同被控訴人に対しては特許法一〇〇条・民法七〇九条に基づき製造販売等の差止と損害賠償を求め、被控訴人三浦正隆に対しては有限会社法三〇条の三第一項に基づき損害賠償を求めた事案である。

本件事案の概要は、次に付加する他は、原判決「事実及び理由」中の「第二 事案の概要」「第三 争点に対する当事者の主張」に記載のとおりであるから、これを引用する。

(以下、控訴人を「原告」・被控訴人を「被告」と略称する。)

【原告の当審追加主張】

1  本件広告(甲15)で「カタログ」進呈とあるのは甲18のカタログのことであり、右カタログにはS―6000タイプが掲載されているが、それに装備されているナメリ防止装置は、説明図から明らかなように旧特許発明に係るナメリ防止装置(甲4)であって、本件特許のそれ(甲2)ではない。S―6000タイプは、発売当初は旧特許発明の実施品であった(この点で従前の主張を改める。)から、本件広告の存在を理由に、本件優先権主張日の時点で、すでに本件発明の実施品であるS―6000タイプが発売されていたとはいえない。

2  本件発明の特許出願手続のために作成された図面(甲16の1ないし9。原告補佐人である弁理士が出願手続のために原告から提出を受けて事務所に保管していたもので、作図年月日として昭和五六年三月三一日の記載がある。)と旧特許発明の実施品であるS―9000タイプの組立図である甲17(作図年月日として昭和五五年八月二〇日の記載がある。)とを対比すると、本件特許公報の第1図は、全体形状と内部構造は甲17を用い、ナメリ防止装置は甲16の6を用いて、両者を組み合せて作成していることが判明する。したがって、本件優先権主張日の時点では、本件発明の実施品であるS―6000の製作図は作成されておらず、実施品も販売もされていなかったと推認される(右時点以後のいずれかの時点で、S―6000の構造のうちナメリ防止装置のみが本件発明のそれに換えられたと考えられる。)。

第三  当裁判所の判断

当裁判所も、原告の本件各請求はいずれも理由がないものと認定判断する。その理由は、次に付加・訂正する他は、原判決「事実及び理由」中の「第四 争点に対する判断」に記載のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決一八頁九行目「甲15、」の次に「18、」を加える。

二  同一九頁六行目「争わない。」の次に「なお、原告の当審追加主張については後記のとおり。」を加える。

三  同二一頁二行目の次に改行して、次のとおり加える。

「(4) 原告は、『トネ・シャーレンチ』と題するカタログ(甲18)を発行し、その中で、新発売の『強力型シリーズ』のシャーレンチの特長につき、『使い易さで好評のS―20ESをより良く、より使い易くの追求から、トネデザイン第494139と類似の形となり、このシリーズが誕生しました。』『ナメリ防止付き・・・ボルトの締付け失敗がありません。チップ部にインナーソケットが完全に入らないとナットにアウターソケットが嵌合しない(特許)構造で安心して能率のよい作業を約束いたします。』と説明し、ナメリ防止装置の特長を図面付でより詳しく説明している(同カタログ2頁)。そして、同カタログの『S―6000型』に関する説明中には、用途として『S―20ESは小型物件への普及を主眼として企画しましたが、S―6000型は(中略)大型作業現場にマッチしたシャーレンチです。』と記載され、詳細な寸法図も掲載されている(同カタログ3頁)。そして、同カタログの末尾には『1981・3・20(昭和五六年三月二〇日)現在』との記載がある。

なお、同カタログの写真に掲載されたS―6000型と本件広告の写真に掲載されたS―6000型とは、グリップ下部の形状以外は同一である。」

四  原判決二一頁三行目から同二二頁二行目までを次のとおり改める。

「(三) 右に認定した事実を総合すると、原告は、遅くとも本件広告が掲載された「鋼構造ジャーナル」の発売日である昭和五六年六月一一日の時点では、S―6000タイプのシャーレンチが記載されたカタログ(甲18)を需要者に配布する用意があり、また、同シャーレンチの詳細な内部構造図面を含む原告価格表(乙4の1)の印刷を終えてその配布の準備を完了していたものと認めるのが相当であり、これに右鋼構造ジャーナルに記載された本件広告の内容を合わせると、原告は、右の時点において、需要者から右シャーレンチの購入の申し出を受けた場合には、これを直ちに販売する用意があった(したがって、それ以前に既に同シャーレンチの製造を開始していた)ものと推認することができる。

(四) 原告は、原告価格表記載の「1981・4・1現在」は架空の日付であり、価格表の完成は昭和五六年七月四日以降であると主張するところ、確かに、前記禀議書(甲9の1)は、前記(二)(2)認定のように、同年五月一七日に起案され、同月二六日に決裁されたというのであるから、決裁日よりも前である四月一日の時点で右価格表が完成していたと見るのは不合理である。

その理由について、」

五  同二三頁九行目「経ることなく、」の次に「同年六月一一日までには」を加え、同頁末行から同二四頁三行目までを削り、同頁四行目の「(四)」を「(五)」に改める。

六  同二四頁八行目から同二六頁初行までを次のとおり改める。

「しかし、原告が別件のシャーレンチについて平成七年五月八日付けの鋼構造ジャーナルに掲載したいわゆる記事広告(甲12の2)の記載からも明らかなように、発売日前の広告についてはその発売開始日を明記するのが通常であって、本件のように、単に『新発売』とのみ記載され、発売日の記載がない場合には、当該製品が既に発売されていると解するのが自然である。」

七  同二六頁六行目から三二頁八行目までを次のとおり改める。

「(六) 原告は、『甲18のカタログに掲載されたS―6000型に装備されているナメリ防止装置は、説明図から明らかなように旧特許発明に係るナメリ防止装置(甲4)であって、本件特許のそれ(甲2)ではなく、発売当初のS―6000型は旧特許発明の実施品であった』と主張して、従前の主張を改め、本件広告の存在を理由に、本件優先権主張日の時点で本件発明の実施品としてのS―6000型がすでに発売されていたとはいえないという(当審追加主張1)。

しかし、本件発明の特許公報(甲2)に添付の第2図(その拡大図である甲3の2)・第9図と旧特許発明の特許公報(甲4)に添付の第2図を対比し、本件発明と旧特許発明の相違点を説明した原告作成の動作説明図(甲7の1・2)をも参照すると、原告価格表(乙4の1)や原告サービスマニュアル(乙5の1)に記載されたS―6000型の内部構造図は、基本的に本件発明の特徴点を採用したものと認められる。なぜなら、旧特許発明においては、剪断後のチップを排出するには突出ピンが長いことが要請されるが、突出ピンを長くするとチップの嵌合が不十分なまま突出ピンの後退が生じて、不完全嵌合を防止するという旧特許発明の目的を達しないという不具合があった(甲2の特許公報5欄11行以下参照)ところ、本件発明は、突出ピンとは独立して摺動する検出部材81をインナーソケットのチップ係合孔へ出没可能に配備することによって、右不具合を解決したものである(同公報6欄1行目以下参照)が、右内部構造図にはいずれも突出ピンとは独立した検出部材が設けられているからである。

確かに、甲18のカタログの2頁に示されたナメリ防止装置の説明図には、旧特許発明の内容(甲4)に沿う図面が記載されているが、右カタログにはS―6000タイプのほかにS―9000タイプも同じく「強力型」として記載されており、甲17によれば、S―9000タイプは旧特許発明の実施品であると認められるところ、甲18中の前記説明図が原告の「強力型シリーズ」シャーレンチ一般の説明として記載されていることは体裁上明らかであるから、右説明図は、旧特許発明に係るナメリ防止装置と本件発明に係るナメリ防止装置の双方をまとめて説明するために簡略化して図示されたものと見るのが相当である。

したがって、原告の主張は採用できない(なお、原審の口頭弁論終結後になされた原告の前記主張の変更自体、不自然というべきである。)。

(七) 原告は、本件特許公報の第1図は、全体形状と内部構造は甲17を用い、ナメリ防止装置は甲16の6を用いて、両者を組み合せて作成しているから、本件優先権主張日の時点では、本件発明の実施品であるS―6000タイプの製作図は作成されておらず、実施品の販売もされていなかったと推認されると主張する(当審追加主張2)。

確かに、甲16の6の図面に記載されたシャーレンチの外形が甲17のS―9000型の外形を流用して作成されたものであることは、両図面を対比すれば原告指摘のとおりであると認められる(ちなみに、甲16の1ないし6には、いずれも「形式」欄にS―9000の記載がある。)。また、甲16の6と甲2とを対比すれば、甲16の6の図面は、ナメリ防止装置の部分を含め、本件発明の特許公報第1図(本件発明の締付機の断面図)の基になった図面であることがうかがわれる(ただし、甲16の1ないし9の図面は甲2の特許公報の各図面と同じではない。)。

しかし、もともと、本件発明は旧特許発明のナメリ防止装置を改良した発明であることは原告が自認するところであって、本件発明の特許出願の願書に添付する図面を旧特許発明の実施品の製作図面を基に作成することは自然なことであるし、一方で、先に判示したとおり、乙4の1の原告価格表のS―6000タイプの内部構造図は、甲16の作図年月日とされる昭和五六年三月三一日時点ではともかくとして、甲9の1の禀議書が起案された同年五月一七日の時点では、既に基本的に作成されていたと推認されるのであり、そうである以上、S―6000タイプの製作図もそれまでに作成されていたと推認される。

したがって、本件発明の特許出願の願書に添付した図面の基礎として甲16の6の図面を使用したからといって、本件優先権主張日以前の時点で発売されていたS―6000タイプが本件発明の実施品であったとの認定を覆す事由とはならない。

八  同三二頁九行目「よって、」を「そうすると、原告は、遅くとも昭和五六年六月一一日の時点において、本件発明の実施品であるS―6000タイプのシャーレンチの製造を開始していて、これを販売する用意があったというのであるところ、同シャーレンチが記載されたカタログ(甲18)には本件発明を示唆する記載はなかったものの、そのころ配布の準備が完了していた原告価格表(乙4の1)には同シャーレンチの詳細な内部構造図面が含まれていたのであるし、また、当業者が発売された同シャーレンチを分解すれば、本件発明の内容を容易に知り得たであろうと思われるから、」と改める。

第四  以上によれば、原告の請求は、その余の争点について判断するまでもなく、いずれも理由がないから棄却すべきところ、これと同旨の原判決は正当であって本件各控訴は理由がない。

よって、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結日 平成一一年一二月七日)

(裁判長裁判官 鳥越健治 裁判官 小原卓雄 裁判官 川神裕)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例